10世紀初頭にその記述があるという伝統工芸。同心円の模様を崩すと再現不能の微妙な流れの紋様が構成されるというものです。似たような現象を利用したカラーマーブリングも良く知られています。
「動 画」墨汁を用いての墨流し
模様をよく観察するとカオスな現象がより身近に感じられることでしょう。
「動 画」カラーマーブリング
「動 画」番外:セメダインを用いてのマーブリング
「動 画」番外:マーブルチョコを用いた関連の演示
マーブリングに関連して、マーブルチョコの色素が水に溶けて微妙な色模様をつくる様子を撮影しました。墨流しの拡張演示実験ということで…。動画の後半では、カラー小麦粘土をこねてマーブリングの原理を解説しています。
「解 説」
1.ニカワとすす:書道などで使われる墨は、油を燃やして得る煤(スス)と、動物の骨を煮詰めて得る「ニカワ(膠:にかわ)」を混ぜて練って作られます。ニカワは、動物の骨や皮膚組織の成分で、タンパク質(コラーゲンなど)を主成分としたゼラチンと呼ばれているものです。墨汁に溶けている墨(炭素)の粒子は、疎水性のためそのままでは水に溶けないので、ニカワを混ぜて親水コロイドとして水中に安定させているわけです。なお、ニカワのような親水コロイドが、疎水コロイドを包み込むようにして水中で安定させる働きをもつものを「保護コロイド」と呼んでいます。
2.誇るべき伝統芸術:墨流しは、水の表面張力の低下と墨の拡散、油脂の分子構造に関わる現象です。墨汁を滴下すると、墨汁に含まれているニカワが炭粒子を引き連れて表面に広がります。そこに油脂が加えると、分子内に持つ疎水基部分を上に向けて、単分子膜を形成しようとします。結果、表面に広がっていた墨汁の膜は、外側に押しやられてしまうのです。またそこに、墨汁を滴下しても、単分子膜がじゃまになって簡単には広がりませんが、その中心に油脂を滴下すれば、油脂はまた単分子膜となって広がろうとするため、墨汁部分も外側に追いやられるのです。この繰り返しにより、墨汁の黒と油脂の透明部分の同心円状の縞模様ができるわけです。仕上げに息を吹きかけたり、別の爪楊枝で軽くかき混ぜたりすることで、複雑な模様が形成されたところで紙に写し取っています。墨流しは、我が国においても千年以上の歴史を持つ伝統技法として、平安期にはすでにその記述があるといいます。日本の芸術の代表作のひとつとされる尾形光琳の「紅白梅図屏風」には墨流しの技術が用いられており、再現不能の微妙な流れの紋様が小宇宙のようにデザインされ観る者を圧倒します。
3. 物質量等の計算に:油脂が水面で単分子膜を作る性質を利用すると、油脂の分子1個当たりの占める面積などを求めることができます。墨汁が外側に追いやられたところを方眼紙で写しとれば、広がった油脂の単分子膜の面積を求めることができるのです。
油脂の分子量:M、秤りとった油脂の質量 gとして、これをエタノール等に溶解させ、V mL用のメスフラスコに入れて調整した場合の油脂のモル数nはn=m/Mであり、濃度C mol/Lは、C=n/vより、C=(m/M)/(V/1000)_①となる。
この濃度の溶液1滴の体積をv’ mLとすれば、その1滴中に含まれる油脂n’は、n’=C×(v’/1000)_②となります。
実験では50-100滴単位で全体量を出してから算出すると便利で、仮にx滴でy mLになったとすれば、1滴の体積v’は、v’=y/x mL。
さて、方眼紙に写し取った油膜の面積S ㎝2 から、油脂1分子当たりの面積(単位分子断面積)のs ㎝2 を求めてみますと…
…省略…
④の式を①②③で整理し直すと。
s=SVM/mv’ NA〔㎝2〕
「演 習」
◇サブタイトル:隅に置けない墨流し
◇このブログで発信する情報は、取扱いに注意を要する内容を含んでおり、実験材料・操作、解説の一部を非公開にしてあります。操作に一定のスキル・環境を要しますので、記事や映像を見ただけで実験を行うことは絶対(!)にしないで下さい。詳細は、次の3書(管理者の単著作物)でも扱っているものが多いので参考にして下さい。