中学教科書では、物質どうしの化学変化、化合の概念を学習するところで、定番の実験として紹介されています。学習内容としても化学分野の中核をなし、実験材料使用器具ともシンプルであることから、気軽(?)に取り組んでしまいがちです。しかし、毎年のように事故報告があることからもわかるとおり、特に注意を要する実験です。
「動 画」鉄と硫黄の化合
鉄粉 Fe と硫黄粉末 S を試験管に入れて加熱すると、すぐに反応が始まり、赤熱状態が観察されます。発生した熱によって自発的に反応が進行し、数分で完結するというものです。反応物の鉄は磁石につくのですが、反応後に生成する硫化鉄 FeS は、磁性がありません。また、薄い塩酸を加えて、気体(水素)を発生するかなど、反応物と生成物の両者を比べ、単体と単体が化合して、別の性質の物質が生成したことを確認することを主な目的とする実験となっています。
Fe + S → FeS
コンセプトはシンプルで、実験操作の容易、反応も赤熱状態から自発的に進行する様子などが観察できるので、なかなかやりがいのある実験のひとつと言えます。
では、これほどの事故報告がなされている理由としては…
①粉末の硫黄の一部が加熱時に燃焼し、二酸化硫黄 SO2 が発生してしまう。
実験操作の最初の段階で、硫黄粉末を用いる関係、どうしても一定濃度の二酸化硫黄が発生してしまうという実情があります。特に、アルミホイルに粉末を包み込んで砂皿の上で燃焼させるという操作方法が紹介されている教科書もあり、慎重な取り扱いが必要です。
S + O2 → SO2
二酸化硫黄 SO2 は水と反応すると亜硫酸となる硫黄酸化物で、酸性雨の原因物質の一つとしても知られています。
H2O + SO2 → H2SO3
特に人体の呼吸器粘膜を刺激する有害な気体です。ここでは、試験管の上部に脱脂綿を詰め込んでいますが、それでも十分な換気が必要になります。
②生成した硫化鉄 FeS に塩酸を加えて、硫化水素 H2Sを発生させるという操作が含まれていることが多い。
FeS + 2HCl → FeCl2 + H2S
発生した気体が硫化水素であることを匂いを嗅いで確認させるというものですが、わざわざ毒性の高い気体を嗅がせることに教育的な意義は感じられません。硫化水素は二酸化硫黄とは比較にならないくらい危険な気体で、かなり低い濃度でも中毒で死に至ることがあり、山岳地帯での事故がよく報告されています。
以上2点の理由をもって、特に注意を要する実験としましたが、反応後もかなりの高熱状態が続くため火傷を負いやすいことや、実験後の硫化物の処理においても気を抜くことができません。
「動 画」実践記録:鉄と硫黄の反応による変化_生徒実験
〇導入の板書:板書が長いわりに説明が?
〇試薬の配布時:役割分担を明確にしておいた方が良い。待ちの列が長く感じられた。
〇鉄と硫黄の混合物を試験管に入れるのは薬包紙使用が良い?
〇こちらの段取りミスで乳鉢の準備を忘れてしまったが、蒸発皿での代用は問題なかった。洗浄時の鉄分の処理を考えると、こういう選択肢はありかもしれない。
〇発生する気体など、注意を要する実験であることについての喚起はよくできていた。
〇指導案は模擬授業や研究授業向きで、必要なことはほとんど網羅されている。実際の授業では、非現実的な量だが、一度はこの構成に目を通しておく必要はある。
〇回収した硫化鉄入り試験管の処理など、目に見えない部分の補足はあとでやって欲しい。
「指導案例」学生による原案を掲載:文字情報のみ
理科教育法指導案 担当S君 指導教員 山田暢司
化学変化についての観察・実験を通して、化合、分解などにおける物質の変化やその量的な関係について理解するとともに、これらの事象を原子・分子のモデルと関連づける見方や考え方を養い、物質の成り立ちや化学変化のしくみに対する興味・関心を高める。
本単元は、「1章 物質の成り立ち」「2章 物質どうしの化学変化」「3章 酸素がかかわる化学変化」「4章 化学変化と物質の質量」「5章 化学変化とその利用」の5章で構成されている。本単元の学習では、物質そのものが変わる化学変化の初歩的な概念を学びとらせるとともに、化学変化の現象を原子・分子のモデルで考える科学的な思考力・表現力を養いたい。そのため、既習事項である状態変化との比較がしやすい熱分解から導入し、原子・分子の粒子概念によって、化学変化と状態変化との違いをとらえさせるようにする。さらに、はやい段階から、原子・分子のモデルや原子の記号、化学反応式を提示し、微視的な概念と巨視的な科学現象との関連を図り、化学変化の量的な規則性から微視的な考えが検証できるようにする。また、実験では危険が伴うものが多い。安全面について特に配慮していく必要がある。
この学級は、理科の実験に対する意欲のある生徒が多く、理科の知識に長けている生徒も何人かいる。その一方で理科を不得意とする生徒も多く、既習事項が必ずしも十分に身についていない。また、実生活との関連性を見いだせていない生徒が多いことも課題の一つとして配慮する必要がある。
自然事象への
関心・意欲・態度 |
科学的な思考・表現 | 観察・実験の技能 | 自然事象についての知識・理解 |
・物質の成り立ち、化学変化、化学変化と物質の質量に関する事物現・現象に進んでかかわり、それらを科学的に探究するとともに、事象を日常生活とのかかわりでみようとする。 | ・物質の成り立ち、化学変化、化学変化と物質の質量に関する事物・現象の中に問題を見いだし、目的意識をもって観察・実験などを行い、事象や結果を分析して解釈し、自らの考えを表現している。 | ・物質の成り立ち、化学変化、化学変化と物質の質量に関する事物・現象についての観察、実験の基本操作を習得するとともに、観察、実験の計画的な実施、結果の記録や整理など、事象を科学的に探究する技能の基礎を身に付けている。 | ・観察や実験などを通して、物質の成り立ち、化学変化、化学変化と物質の質量に関する事物・現象についての基本的な概念や原理・法則を理解し、知識を身に付けている。 |
章時 | 指導計画 | 評価計画 | |||
関 | 思 | 技 | 知 | ||
1章8時間 | 1 カルメ焼きの秘密 | 〇 | 〇 | ||
【実験1】炭酸水素ナトリウムを加熱したときの変化 | 〇 | 〇 | 〇 | ||
酸化銀を熱したときの変化のようす、および分解について | 〇 | 〇 | |||
2 水に電流を流したときの変化 | 〇 | ||||
【実験2】水に電流を流したときの変化 | 〇 | 〇 | 〇 | ||
3 物質をつくっているもの | 〇 | 〇 | |||
4 原子と分子 | 〇 | 〇 | |||
5 物質と原子の記号 | 〇 | 〇 | 〇 | ||
2章
7時間 |
1 異なる物質の結びつき | 〇 | 〇 | ||
【実験3】鉄と硫黄の反応による変化(本時) | 〇 | 〇 | |||
化合、化合物について | 〇 | 〇 | |||
2 化学変化を原子の記号で表す | 〇 | 〇 | |||
【実習1】化学変化のモデル | 〇 | 〇 | |||
化学反応式の練習 | 〇 | 〇 | |||
自分の考えの記述、発表 | 〇 | 〇 | |||
3章
6時間
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1 物が燃える変化 | 〇 | 〇 | ||
【実験4】鉄を燃やしたときの変化 | 〇 | ||||
酸化、酸化物、燃焼についてまとめる | 〇 | 〇 | |||
2 酸化物から酸素をとる化学変化
【実験5】酸化銅から酸素をとる化学変化 |
〇 | 〇 | |||
酸化物から酸素をうばう化学変化を化学反応式で表す | 〇 | ||||
水素による酸化物の還元 | 〇 | 〇 | 〇 | ||
4章
6時間 |
1 化学変化と質量の変化 | 〇 | 〇 | ||
【実験6】化学変化の前と後の質量の変化 | 〇 | 〇 | |||
反応の前後における質量保存について | 〇 | 〇 | |||
2 化合するときの物質の割合
【実験7】金属を熱したときの質量の変化 |
〇 | 〇 | 〇 | ||
ある質量の金属と化合する酸素の限度について | 〇 | 〇 | |||
化合するときの物質の割合、質量の割合について | 〇 | 〇 | 〇 | ||
5章
4時間 |
1 化学変化と熱 | 〇 | 〇 | ||
【実験8】化学変化による温度変化 | 〇 | ||||
物質が持つ化学エネルギーについて | 〇 | 〇 | |||
2 私たちのくらしと化学変化 | 〇 | 〇 | 〇 |
鉄と硫黄の化合により混合物とは全く性質の違う新しい物質(硫化鉄)ができることを実験を通して調べ、その違いを指摘できる。
学習活動 | 支援と評価(〇) | |
導入 | ・水素と酸素から水ができることができることの説明を聞く。 | ・水素と酸素が結びついて水ができるように、ほかの物質どうしも結びつけることができるかどうかを問題提起する。 |
展開 | ・実験の予想を立てる。
・鉄と硫黄の混合物を作る。 乳鉢を用いて混合し、1:3に分ける。 ・鉄と硫黄の混合物を加熱する。 加熱しているときの様子をスケッチする。 ・混合物と加熱後の生成物の性質を比べる。 ① 磁石を近づけた時の様子を比較観察する。 ② 塩酸を入れた時の様子を比較観察する。 |
・グループワークで行う。
・試験管イの口を脱脂綿で閉じて試験管ばさみで挟み、試験管内の混合物の上部に炎が当たるようにして加熱するように指示する。 〇鉄と硫黄の化合の実験を安全に正しく行い、結果の記録や整理ができる。【技】 ・換気をしっかりしておく。 ・気体のにおいの嗅ぎ方を十分指導する。 |
まとめ | ・考察、まとめをする。
「鉄+硫黄→硫化鉄」 「物質A+物質B→化合物」
・片付けをする。 |
・加熱前の物質は混ぜ合わせただけで、鉄と硫黄の性質は残っていることに気づかせる。
〇実験結果から、鉄と硫黄の混合物を加熱すると別の物質ができることについて自らの考えを導いたりまとめたりして、表現している。【思】 ・試験管ア、イの物質をいれるためのバケツを用意する。 |
実験プリント「鉄と硫黄の混合物を加熱するとどうなるのか調べる」
2年 組 氏名
〈準備するもの〉
・鉄粉(7g) ・硫黄粉(4g) ・塩酸(10%) ・塩酸(4%) ・棒磁石 ・ピペット
・試験管(2本) ・乳棒 ・乳鉢 ・試験管立て ・試験管ばさみ ・薬さじ(2本)
・薬包紙(2枚) ・電子天秤 ・脱脂綿 ・ガスコンロ ・金網 ・白衣 ・保護めがね
〈実験方法〉
・薬さじ、薬包紙、電子天秤を用いて、鉄粉7g、硫黄4gを用意する。
・鉄粉と硫黄を乳鉢でよく混ぜる。
・鉄と硫黄の混合物を試験管アに4分の1、試験管イに4分の3くらい入れる。
・試験管イの口を脱脂綿で閉じて、試験管ばさみを用いて混合物の上部を加熱する。
・加熱部分が赤くなったら、加熱をやめる。
・試験管ばさみをつけたまま、濡れた雑巾の上に置いて冷ます。
・混合物が赤熱している様子をスケッチする。
・試験管アに磁石を近づけて、反応を観察する。
・同様に試験管イにも行う。
・試験管アに塩酸(試験管ア用)を5mL加えて、発生する気体ににおいがあるかどうか調べる。
・同様に試験管イにも塩酸(試験管イ用)を5mL加える。ただし、ここで発生する気体は有毒なので、においを確認したらすぐさま水を加えて反応を止める。
〈予想・実験結果〉
加熱前の混合物 | 加熱後の物質 | ||||
磁石を近づけたとき | 予想 | 結果 | 予想 | 結果 | スケッチ |
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|||||
塩酸を加えたとき |
〈考察〉
〈まとめ〉
◇このブログで発信する情報は、取扱いに注意を要する内容を含んでおり、実験材料・操作、解説の一部を非公開にしてあります。操作に一定のスキル・環境を要しますので、記事や映像を見ただけで実験を行うことは絶対にしないで下さい。詳細は、次の3書(管理者の単著作物)でも扱っているものがありますので参考になさってください。